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イタリアの寅さん・篠利幸さん

 

篠利幸さん
1952年2月29日 うるう年生まれ
写真家、作家。

 

 

【プロフィール】

 

東京都北区滝野川生まれ。下町育ち。 
実家は染井吉野発祥の地が近く桜が美しいところで飛鳥山公園や古川庭園、六義園の近くだったそうです。
小学校は家から30メートル。一人っ子だったので人付き合いの要領が悪く、年長ばかりの遊び仲間が近所の家の窓ガラスを割ると自分のせいにされることも。でも必ず敵はとるという、どちらかといえば喧嘩っ早い下町っ子でした。小学校6年から二十歳頃まで剣道に熱中、お陰で精神的な集中力と落ち着きを養うことができた。

 

【イタリアの寅さん】

 

小学校の時から飛鳥山公園とその隣にあった澁澤邸の敷地を借りていたフランチェスコ派の修道院の庭がお気に入りの遊び場。
なんと、小学校の先生のお嬢様が「ローマ人の物語」などで有名な塩野七生さん。
鉄工所を経営していたお父様は、一緒に工場で仕事をして欲しかったそうですが、ご本人は大の芸術好き。中高生の時はゲーテ、ハイネなどドイツ文学に没頭したそうです。
大学受験に失敗し、貿易会社、後にAFP通信(日本支局)に勤めながら、ひたすらヨーロッパに対する憧れを胸に抱き続けていました。

 

 

【イタリアを好きになった理由、なぜイタリアなのか】

 

もともとヨーロッパに興味があり、凄い歴史があるところに行きたかった篠さん。
育った東京には路地の文化がある。イタリア・ヴェネツィアにも路地の文化があり、窓を開ければお向かいさんと話すことが出来る。
行く度に知り合いが出来るコミュニケーションの国であり、懐かしさを感じる国。
イタリアは自分が育った街のように、庶民的な人の良さや人情が必ずあるところだからだそうです。
30年間行ったり来たり。イタリアの真髄を知り尽くしています。

 

 

【イタリア人の心の豊かさ】

 

イタリア人はファインダーを向けると、自分の見せ方を心得ていて、役者のような表情が自然に現われる。
さらに60、70歳になってもおしゃれで自分を楽しんでいるところは

すごいと篠さん。

 

 

【篠さんと写真の出会い】

 

'85年頃、当時絵を描いていた篠さん。絵の個展に作品が間に合わないという理由で、お父様のカメラを借りて撮った写真をもとに『イタリア、人景色』という写真展にアレンジされたそうです。
それが反響を呼び、来年も見せて欲しいという要望が来るようになったそうです。
絵画から写真への転向には葛藤もありましたが、それが写真の道に進むきっかけになりました。
初仕事は雑誌JCBカードの会員誌『GOLD』の表紙にドゥオモの写真が選ばれるというご快挙!

 

そんな篠さん、絵も写真も習ったことはなく独学だそうです。

 

感銘を受けた写真家:フランス生まれのアンリ・カルチエ・ブレッソン、オーストリア生まれで色彩の魔術師と呼ばれるエルンスト・ハース

 

 

 

 

【50代になってからの心と体の変化】

 

筋肉が硬くなり、肉体的衰えを感じるようになったが、あえて自分の食べたいものを食べ、ワインとコーヒーを愛し、日々を楽しむようにしているそうです。
また、写真が脳を刺激するとのこと。
フットワークが軽く、重いカメラを持って歩きまわり、頭を使い、目を使い、一瞬のシャッターチャンスを掴む瞬発力が常に要求されます。
カメラマンというお仕事が若さを保っている秘訣なのかもしれません。

 

毎日を楽しく生き、いつ死んでも良いと思えるように生きている。
自分でやりたいことをやり通す。

 

【生きがい】

 

今の人生を導いてくれたもの、それは「良い助言をくれる人たち」だったそうです。
“人との交流によって自分はつくりあげられた”とのこと。
悲惨な戦場やドラマチックな事件現場よりも、平凡な日常の中に発見する生きる喜びや感動の瞬間、それらを写して世界の人々に伝えてゆきたいというのが篠さんの思い。
大切なことは自分が表現したい心であって、絵・写真はコミュニケーションの手段である。
「人を喜ばす喜び」、そのために生きる。そこで振り返ったら自分がある。(素敵ですね)

 

 

 

 

【写真家としての人生観】

 

恋する相手に恋文を送るイマジネーションが写真の撮り方に通じるのだそうです。

 

写真はシャッターを押せば撮れるが、何を表現するかを学ぶには多くのものを見、多くの人に会うことが大切。
また写真は「常に選択と決断」。
どのカメラ、どのレンズ、いつ、どこへ、どの季節、どの時間…
全てを選択して行って写真を撮る。優柔不断では被写体を逃すということだそうです。

決定する選択にいつも迫られているわけですね。それで脳も瞬発力も鍛えられるというわけですね。デジタル化でパソコンも同時に使うので、老後の健康維持、ボケ防止には最適の趣味としても写真はおすすめ。

 

 

【将来の夢】

 

今度は江戸をテーマに東京の良さを表現した本を書きたいそうです。

 

 

【編集後記】

 

篠さんはまことにイタリア人っぽい。
内に情熱を秘めロマンと愛で人物を撮る。
篠さんの写真はどれを見ても美しく優しく心に残ります。
それはきっと篠さんの人柄からにじみ出るものなのだと感じました。
一月に出版された「イタリア好き」(ソニーマガジンズ)
もそんな篠さんのフィルターを通したイタリアが満載です。

篠利幸さんのブログはこちら

 

 

追伸本の紹介「イタリア好き」

 

 

コメント

マトゥーリのサイトにご紹介頂きありがとうございます。私の都合で短く、忙しないインタビューとなってしまいましたが、上手にまとめて頂き感謝致します。先日、アドマチックなんとかというTV番組で私が生まれ育った滝野川を紹介していました。まさかテレビで紹介されるほど注目される町とは思っていませんでしたが、変貌はかなりなもので、幼少の頃の滝野川の面影はほとんどありません。古川庭園とジョサイア・コンドルが建てた洋館に都電くらいですね。人は過去を振り返り、現在の自分を確認することによって、正しく先へ進むことができると思います。振り返る過去が極度な変貌によって、時折、記憶喪失にでもなったかなのような錯覚を覚える昨今、なかなか未来を思い描くのが難しく思えます。温故知新






マトゥーリコンシェルジェの戸倉です。
篠さん、このたびは取材に応じていただきまして
誠にありがとうございました。

篠さんのお話をお伺いして、生まれ育った下町とイタリアと
どこか共通点があるように感じました。
絵を勉強されてフランスに憧れていた篠さんをイタリアへと向かわせた
その根底にあるものは、人情だったり、人と人の触れ合いだったのではないでしょうか?

“人は過去を振り返り、現在の自分を確認することによって、
正しく先へ進むことができると思います。”
お言葉、まさにその通りですね。
過去がどんどんなくなってしまった日本では、現在の自分を確認することも
難しくなってしまいましたね。

どうぞ、篠さん、
これからもイタリアを撮り続けるカメラマンとして、
多くの人の心に残る作品を期待しております。

ありがとうございました。






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